事例史「熱と仕事−ジュールを中心にして−」
 
1.ジュールの生い立ち

 

まず最初にこの授業の中心人物であるジュール(James Presscott Joule,1818〜1889)の生い立ちについて述べることにする。彼は、1818年12月24日に英国ランカシャー地方のサルフォード(Salford)という町で生まれた。サルフォードはマンチェスターの西隣に位置する町である。彼の家は祖父の代から、ここで造り酒屋を営んでおり、経済的には恵まれていた。彼は16歳まで家庭教師に教育され、その後の数年間68歳のドルトン(John Dalton,1766〜1844)のもとへ化学を習いに通った。(ドルトンは当時マンチェスターに住んでいた。)ジュールの研究の基礎はここで築かれたと言える。ジュールの生活態度はきわめて保守的で引っ込み思案であった。しかし、測定できる対象物があると熱狂的になり、新婚旅行の最中にも、時間をさいて特殊な温度計をつくり、旅行先での滝の上と下で水の温度を測定したほどであった。また信仰も厚く、彼は「自然の法則を知ることは、その中に表現された神の心を知ることにほかなら ないことは明らかなことである。」とも言っている。彼のこのような生活態度と信仰心がエネルギー保存の法則発見の原動力になったのである。
 
Q1.ジュールは新婚旅行の旅先で滝の上の水と滝の下の水の温度を測定したが、測定結果は滝の上と下ではどちらの温度が高いと考えられるか。ただし、滝の上と下での日照量は同じと考えよ。
 

 

 

 

2.産業革命と動力技術
 
 1765年ワット(James Watt,1736〜1819)は従来の蒸気機関を改良して、仕事の能率を上げ動力機関の発展を促した。ここに産業革命が始まった。この際、ワットは馬が1分間にする仕事を用いて仕事率というものを定義した。すなわち、
 1馬力(horse power)=148.5kgw×30.5m/分
つまり、馬1頭は毎分148.5kgwのおもりを30.5m持ち上げる仕事をする。これを1馬力としたのである。現在ではワットにちなんで、仕事率の単位はワット[W]で表される。1[W]の仕事率とは、1秒間当り1[J]の仕事をすることを意味する。すなわち、
 1[W]=1[J/s]
 
Q2.1馬力は何[W]か。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

ここで各種動力機関の仕事率を比較すると次表のようになる。


クランクを回す人間                  0.06馬力
塔の上の風車                    10
セーバリ蒸気機関(1702)             1
ニューコメン機関(1702)            12
ワット機関(1778年)              14
発電所のエンジン(1900)          1000
原子力発電所のタービン(1970)     300000

Q3.ワット機関(下図)はニューコメン機関(上図)と比べて、燃費がよくなった。ワットはニューコメン機関のどこをどのように改良したのか。

 
このように仕事率というのは、各動力機関の仕事の能率を比べるために導入されたものである。前ページの表を見れば人力と動力の仕事率の差が大きいことに気づく。この差が産業革命に結びついたことは言うまでもない。当時炭坑では抗内に涌き出る水を地上に組み上げる仕事を必要としていた。この水の運搬を人が行うことは容易ではなかった。そのため、ニューコメン機関を利用して水の汲み上げを行っていた。
 しかし、ニューコメン機関は仕事の効率がが悪く、「ニューコメンの蒸気機関は、それをつくるのに鉄鉱山が一ついるし、それを動かすのにも炭鉱が一ついる。」などと悪口をたたかれていた。そこでワットにこの機関の改良に興味を持った。彼は前ページQ3のようにシリンダーの後に凝縮器をつなげ、冷却は凝縮器で行い、シリンダーの温度を下げない工夫をして、燃費をよくすることに成功した。さらにクランクを取り付け、上下運動を回転運動に変える工夫も行った。このことがさらに蒸気機関車や蒸気船の発明へと発展していった。
 動力機関の進歩により、マンチェスターは産業都市となった。しかし、産業革命がもたらしたものは人々にとって決して幸福なものばかりではなかった。そこでは機械の進歩によって、これまで人間が行っていた仕事を機械がとってかわり、失業者が増え、資本家と労働者の対立が生まれ、人口増加と貧困が社会問題となっていた。
 ジュールの生まれた1818年は産業革命の完成期であった。1830年にはマンチェスター〜リバプール間にはじめて機関車が走り、電磁エンジンも発明された。しかし、電磁エンジンは実用化されておらず、未来の動力源としての期待をもってジュールは電磁エンジンの研究に入っていったのである。