太宰 治 |
抜粋文
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生と死と |
生まれて来てよかったと、ああ、いのちを、人間を、世の中を、よろこんでみとうございます。 |
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いまは自分には、幸福も不幸もありません。ただ、一切は過ぎて行きます。 |
佐渡
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私はたいてい、へんにおセンチなのかも知れない。死ぬほど淋しいところ。それが、よかった。お恥ずかしい事である。 |
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自分をばかだと思った。いくつになっても、どうしてこんな、ばかな事ばかりするのだろう。 |
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「それは茶碗蒸しですよ。食べて行きなさい。」現実主義の女中さんは、母のような口調で言った。「そうか。」私は茶碗蒸しの蓋をとった。 |
善蔵を思う |
神は在る。きっと在る。人間到るところ青山。見るべし、無抵抗主義の成果を。私は自分を幸福な男だと思った。悲しみは金を出して買え、という言葉が在る。青空は牢屋の窓から見た時に最も美しい、とか。感謝である。この薔薇の生きている限り、私は心の王者だと、一瞬思った。 |
徒党について |
どだい、この世の中に、「孤高」ということは、無いのである。孤独ということはあり得るかもしれない。いやむしろ「孤低」の人こそ多いように思われる。 |
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友情、信頼。私はそれを「徒党」の中に見たことがない。 |
純真 |
日本には「誠」という倫理はあっても、「純真」なんて概念は無かった。人が「純真」と銘打っているものの姿を見ると、たいてい演技だ。演技でなければ、阿呆である。 |
花燭 |
弱いから、貧しいからといって、必ずしも神はこれを愛さない。その中にも、サタンがいるからである。強さの中に善が住む。神は、かえってこれを愛する。 |
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人生の出発は、つねにあいまい。まず試みよ。破局の次にも、春は来る。桜の園を取りかへす術なきや。 |